西遊記(沼爺の章)

あくまでもパロディーです。



うわさの妖怪爺は、沼の淵に、腰をおろしていた。
何を見ている風でもなく、ぼんやりとしていた。

髪も、髭も伸び放題。衣服も水草をまとっているようにしか見えない。
全身濡れそぼっているから、普段は沼底にいるのだろうか。
首から下げた大玉の数珠の光までも、くすんで見えていた。


岩陰から、その様子を見ているのは、悟空と八戒だった。

「ねぇ。お猿の兄貴。あれ、干物じゃねーの?」  と、八戒が、ヒソヒソ呟く。
「ふん。あの爺さん、枯れてるわりには、けっこうな妖気だぞ」  と、悟空が言う。

夕べ、三蔵法師一行が、親切な長老の家で、一夜の宿をとった村。
近くの沼に住み着いた妖怪が、村の子どもを攫って喰うのだという話を聞き、
一宿一飯の恩義で、妖怪退治に、悟空と八戒が出されたのだった。


「子どもを喰ってるようには見えないけどなー。あんなに痩せてるし。」と、八戒が言うと、
「本人に聞くのが早いさ!」と、悟空。
言うが早いか、如意棒を片手に、ヒョイと岩影から飛び出し、沼の主の前に出た。


沼の主は、驚く風でもなく、目の前に現れた妖怪猿を、見た。
悟空は、如意棒を沼の主の目の前に突きつける。
「おい。おまえ、人の子を喰うというのは本当か。」いきなりのケンカ腰。

沼の主は、おもしろそうに悟空を見た。「ほほぉ。めずらしい猿さんじゃの」
「おい爺さん!」苛立つ悟空と対照的に、沼爺はおもしろそうだった。

「お猿さんや。わしが人の子を喰ったとしたら、どうするね。」
悟空は如意棒を構える。  
沼の妖怪は、首から下げた大玉の飾りをガラガラと触りながら、ほっほっと笑う。

「この大玉の数が、村の子どもの数じゃよ。」


妖怪爺の言葉が終わるより早く、悟空が飛びかかった。

如意棒の最初の一撃をかわしながら沼爺は悟空の襟を掴む。
枯れたような腕の、どこから、この腕力。
悟空は、そのまま沼爺もろとも、沼に落ち込んだ。

「わーっ!!兄貴ー!!」  八戒も、慌てて後を追い、沼に飛び込む。

沼の中は、水面近くまで藻が揺らぎ、なかなか動きがとれない。

それでも、まといつく藻を、如意棒で払いのけ、沼爺に襲い掛かる。
沼爺は、ひょーい、ひょーいと、悟空の如意棒を、軽くかわしていく。

その昔、龍王の都で暴れた悟空だが、沼妖怪の水中の動きに翻弄されてイラついてきた。
からかうように、沼底近くを、軽やかに動き回る。

「兄貴〜。あの爺さん、スキップしてるよ〜。」と、八戒が言う。

「むっかつくっ!あの、じじい〜〜っ!!」(失礼)
悟空は、頭の毛を一掴み引きちぎり、呪文と息をかける。
ゴボリと泡になった息と共に、小さな無数の悟空が沼爺に襲い掛かる。

分身悟空が、わらわらと手足にまとわりつき、沼爺の動きが一瞬鈍る。
悟空は、隙をのがさない。如意棒が沼妖怪の腹をとらえた。
そのまま、水圧を、ものともせずに沼の淵まで突き上げる。

「わー兄貴。ひどすぎ・・」八戒が怯える。


ちょうど、馬に乗った三蔵が、沼に着いたとき、沼から激しい水柱が上がり、
それに投げ出されるように、悟空と、沼の主が、地面にどさりと落ちてきた。

「随分、活躍したようだな」
三蔵は、濡れ鼠になっている弟子に声をかける。

「うるせーっ!遅れてきて茶々いれんな!」ぜいぜいと息を吐きながら悟空が睨む。
すぐに、八戒も沼から這い出て来た。


沼の主は、座りなおし、ほっほと笑った。 「お猿さん、強いのう。たいしたもんじゃ」
悟空が何か言おうとするのを、三蔵が制し、馬を降りて沼の主に近づく。

「村の人間の話では、子どもを沼に誘うのは、子どもの妖怪だと言ってたが。」
「え!」悟空と八戒が、顔を見合わせる。


沼爺は、三蔵を見る。 「おまえさまが、天竺へ行くという粋狂な坊さんかね。」
大玉の飾りを首からはずすと、三蔵に投げてよこし、掠れた声で呟く。

「小さいときに、しんでしもうた、わしの息子が、友達ほしさに村の子を呼ぶんじゃ。
親の責任じゃからの〜。
なんとか、悪させんように、ここで見張っているのじゃが・・。
気がついてやれんで、沼に沈んで来た子は、こうして、大玉に入れておる。」

「村に返してやっていいのだな。」三蔵が言う。
「おまえ様なら、出してやれるじゃろう法師殿。」

「やってみよう。八戒、おまえは村へ戻って・・なに泣いてる。」
「びえ〜〜〜ん」
滝のように泣いている弟子を、村への使いに出すと、三蔵は、もう一人の弟子を見る。

「おまえは、えらく無口になってるな。怒っているのか?」
悟空は、それには応えなかった。ただ、背を向けて座りこんでいる沼爺を見て言った。

「あの爺さん、ず〜っと、ここで沼の見張りするのか?」
「そうだな。子どもの魂が沼にあるかぎりは、ずっと、ああしているのだろう。」

沼爺の背中を見ながら、また、悟空は聞く。
「お師匠さん、ありがたいお経ってのは、人間限定なのか?」

「ちがうな。教えを生かせるもののみ限定だ。」と、三蔵が応える。

「そうか。」
悟空は、少しだけ口の端を上げると、沼の主のところへ走っていく。






         おまけの話し

   「子どもづれって、どういう意味?。」
   沼に、別れを告げて、名前も「沙悟浄」と付けられた妖怪に八戒が歩きながら尋ねた。
   
   沙悟浄は、ほっほと笑いながら、大玉の飾りを見せた。
   「法師殿が息子を玉に封印してくれての。妖怪封印、坊さんは上手いもんじゃ」
   
   「旅の目的は、その子の転生願いか。」悟空がいう。

   「御恩返しに法師殿の供をさせてもらうんじゃ。それが目的とは言わんぞ」と、沼爺。
   「大丈夫だよ。きっと神様たちは願いを聞いてくれるよ」。
   と、八戒がいうので、みんなキョトンとした。

   「えらく断言するな。なんでだ?」と三蔵が聞く。   
   「願いを聞かなきゃ、また、兄貴が暴れるから。」
   
   「・・っんだと!泣き虫ブタ!」悟空が怒鳴る。

   「それはいい。天上をひっくりかえした妖怪猿の活躍の再現か」と三蔵が笑う。







                                      


                                     次は、白い龍の話です。