ねむり姫 2



「ここまできて、引き返せはないと思うよ。」

いばらに埋もれた、かつて城だったらしい廃墟の塔。
王子は、とめるのも聞かず、中へ入っていく。

当然、しかたがないから付いていく。


外はもう、夜が明けていて、明るかったが。
塔の中は、いばらに全体を覆われていて日が入らず、薄暗かった。

なだらかに、登り上がる、塔の螺旋階段を、ゆっくりと歩く。
ここに来るまでの間、外では、かなりの人間を見かけた。
(もっとも・・みんな人形にように動かず、転がっていただけだが・・)

だが、この塔の中には、人の気配もない。


「あっ」
王子が立ち止まる。

行き止まりが見えてきた。階段のつきあたり。古い扉があった。

逃げ出したい衝動にかられる。
それなのに、王子ときたら、躊躇する様子もなく、扉に手をかけ、押し開いた。



薄暗い、小さな部屋。
目に入ったのは、くもの巣にまみれ、朽ちかけた、大きな糸車・・。

糸車の向こうに、白い布が見えた。

よくよくみると、 ほんのりと、しろい手が・・見えた。


もう、ほんとに逃げ出したくなった。
白い服の少女だと分かったとき、なさけないことに、オレは座り込んでしまった。

王子は導かれるように、糸車に近づいていく。
まるで、あの白い手に手まねきされるように、静かに歩み寄る。


「本当だったんだね・・。ここで、私をずっと待ってくれていたのだね。」
王子は、そう呟くと、眠っている、その人を抱きおこす。
もう、とめる声もでない。

目に入るものは、全てが色をなくしたような朽ち方をしているのに、
その人だけは、精錬のままの姿で眠っていた。
それが、なお、おそろしかった。
身にまとった衣装から、一目で、貴い身分の姫だと分かる。


「あなたが、呪いの根源か。目を覚ましてはくれないだろうか。」
王子が、そう呟くと、
その、腕の中で、少女が、かすかに動いた。・・・・ような気がした。

見間違いではなかった。
少女が、深い息を、ゆっくりと吸い込んでいる。

もうだめ。もうだめです。神様!!  オレは硬直した。


少女が、ゆっくりと、瞼を開く。   
その時になって、さっきから、回りで、かさかさと音が鳴っているのに気が付いた。

いばらの蔓が、朽ちて剥がれ落ちていく。
少しづつ・・少しづつ・・塔の中に、日が差し込み始める。


少女の青い眼に、光が入った。
王子の腕に預けていた背中を、自分で起こす。
座り込んだ姿勢のまま、目の前に片膝をついて自分を見つめる王子を見た。

「魔法が・・消える・・」    細い声で、小さく呟く。

安堵  哀しさ  解放。

この世からの、解放。


少女は、大人の目をみせて、あらためて、王子に言った。
「・・・ここにいてはいけない。」

こんどは、王子の方が、戸惑った。

「あなたも、一緒に・・・。」
王子の言葉に、少女は微笑み首を振る。

「私たちは、ずっと、うつらうつらと、夢のように、この世を、さまようだけでした。
・・・・感謝します。あなたは、あなたの世界に、お帰りください。」



あなたを必要としている現実。
あなたが、これから経験していく、喜び、悲しみ、全てが、ここにはないもの。



かさかさという、音が、また、耳に入り、オレは、我に帰った。

「行きますよ!」
王子の腕を引っぱり上げた。有無を言わせず、引きづるように部屋を出る。

「姫!」 王子は振り返り叫ぶが、オレは怖くて少女を見なかった。


いばらの蔓が、生き物のように動き、朽ちて消えていく中を走る。
さっきまで、動かなかった人々が、あちこちで、身じろぎはじめる。
おそろしくて、その人たちと、目を合わせることができない。
時折、振り返り、立ち止まりそうになる王子を、後ろから押し飛ばしながら走る。
この際、無礼のなんのと言ってられない。

蠢きながら消えていく、いばらの中を、とにかく走った。



気が付くと・・・・みなれた森にいた。小鳥の声が、ひどく懐かしい。
なんとか、息を整えながら、傍らの王子を見る。
王子は、茨どころか、今走り戻った道さえ、跡形もない森を見つめていた。

怒っているのだろうか・・あのまま、あの少女と、いたかったのだろうか。

「あの〜。」    恐る恐る様子伺いをする。

「・・・・世話かけたね。さぁ、帰ろうか。」と、王子が振り返る。
「へ?」

「忙しくなるぞ。来月から、今までのようには遊べないからな。」
「は・・はぁ・・。あの〜王子様??」

「おまえ、城に来ないか?私にも信頼できる臣下が欲しいし。」
「えっ・・?ええええっ?!」
「なにが、えええっだ。さんざ無礼なことばっかりやっといて。頼みぐらい聞け。」

王子は、笑う。   明るく笑うが、ちょっと、痛々しい。

もう、日は高く、太陽は見上げる頭上。

「夢みてたみたいだな」
「そうです・・ね。」


苦笑しながら、歩き出す。
まだ、迷いや名残りが、ないわけではないけれど、

振り返らないように・・・。








                      いばらの森の姫は、ロマンチックホラーだと思うのです。
                                    え?おかしいって?すみません〜。