おしゃべりな魔法書



ルルブは、小さな魔法使いです。
女の子なので、魔女と呼ばれることになります。

夏休みの前の日、
ルルブは先生から呼ばれて、教室に残っていました。

7歳になった子ども達は、この夏、
そろって、上級試験を受けましたが、
ルルブだけ、成績が悪くて、
追試を受ける事になったのです。

ルルブは決して、サボったのでもないし、
魔法が、うんと、下手なわけでもありません。・・ただ。

ものすごく、臆病なのです。


先生と、向かい合って座っているだけで、
ルルブは肩を小さく窄めて、固まっていました。
窓の外には、色とりどりの帽子が見えました。無事、合格した友達が、わらわらと覗いていたのです。
ルルブは、それも恥ずかしくて、もっと小さくなってしまいました。

「あなたたちは、もう、お帰りなさい!」
開き窓を、バンッと開けて、先生が叫ぶと、きゃーっと、蜘蛛の子を散らすように、皆、走って逃げました。

先生は、きれいな睫毛をパチパチさせながら、ルルブの顔を覗くようにして、やさしく言いました。
「泉の花を咲かせる試験のとき、蛙が飛び出てきたのは、運がわるかったわ。でもね、それで驚いて、
何にもできなくなるのは、困ったことよ。」

ルルブは、一層、肩を窄めて俯きました。蛙も怖い。虫も怖い。蛇やトカゲは、もっと怖い。
わかっていても、怖くて怖くて、体が震えて、固まってしまうのです。

「追試は、白の森で行います。銀の花を、三本つんでおいでなさい。
時間は夕刻6時までです。6時を過ぎると、花は枯れてしまうから、それまでに戻ってくるのですよ。」

ルルブは不安そうに先生を見ました。ひとりで森に入ることは、ルルブにとっては、辛い事でした。


小さなリュックに、水筒とクッキー、筆箱、バンソウコ・・など入れて、ルルブは歩いて行きました。

あれ?
白の森の入り口まで来た時、ルルブは立ち止まりました。
小さな椅子があって、椅子の上に、赤い表紙の、分厚い本が置いてあったのです。
どうして、こんなところに・・と、思った時。

「開けて!開けて!」
声がしたので、ルルブは驚いて、周りを見回しました。
「どこ見てんのよ!本を開けてみなさいって言ってんのよ。ほんとにもう、ポ〜っとしてんだから。」

「本がしゃべってる・・・」ルルブは驚きました。
「しょうがないじゃない。あんた、犬でも猫でも怖がるから・・いや、その・・本なら持てるでしょ!」

「あたしを知ってるの?」
「試験に、落っこちて、今から追試ってこともね。さ、本を持って。森に入るわよ。」

ものすごく訳がわからなかったけれど、勢いに押されて、ルルブは、本を抱え、開けました。
(ちいさい魔女は、この本を持っていくこと。)  と、書いてありました。


白の森は、小さな動物たちが住む、危険のない森なので、試験会場に使われる事が多いのですが、
それでも、ルルブにとっては、怖いところでした。本を抱きしめて歩きます。

一本目の銀の花は、すぐに見つかりました。
見上げる崖の上に咲いていて、ルルブは魔法で小さな真空の風を起こし、花を折り落としました。

「上手いもんじゃない」  本が誉めました。


二本目の銀の花は、大きな木の根元に咲いていました。ほっとして、近づこうとして・・・
ルルブは悲鳴をあげて、腰を抜かしてしまいました。

花にトグロを巻くようにして、蛇が寝そべっていたのです。ルルブは泣きそうになりました。
「あんたね。毒も持ってないような、あんな細ッこい蛇くらい、ちょちょっと摘まんで、
ポイッと捨てなさいよ!」

サービス問題じゃないかと喚く本の言葉も
ルルブには、無理な話でした。
水や、火を使って蛇を追い払うのは、簡単な魔法でした。でも、
火でも、水でも・・驚いた蛇が、こちらに走ってきたら・・・
想像もしたくないような事です。

本が、ため息をついて言いました。
「たしか、82ページあたりに対策方法が書いてあるわよ。

開いてみると、心を伝える・・念を繋ぐ魔法のページでした。

「おねがい・・・どいて下さい・・」
ルルブは、一生懸命、魔法を使って、蛇に、
心を送りました。
しばらくすると、蛇がルルブに気がついて、こちらを見つめました。赤い舌がチョロっと見えました。
ルルブは、震えながら、もう一度、心を送ります。・・・おねがいです・・どいてください・・。

蛇は静かに体をすべらせ、銀の花から少しだけ離れました。
・・・・もっと、あっちへ・・・と、ルルブは思いましたが、蛇は動かずにルルブを見ていました。
(・・どいてやったっじゃないか・・) 蛇の心が流れてきて、ルルブは、ハッとしました。

そっと、手をのばし、震えながら銀の花を摘みました。
顔の側まで伸びてきた、ルルブの手を、蛇は、おとなしく見ていました。

ルルブは、ホッとして、泣きそうになりました。  ありがとう。 じっとしていてくれて、ありがとう・・。
送った心は感謝の気持ち。  蛇は、また、のんびりと体を伸ばしました。


「なにが怖いんだか。さあ、3本目の花、取りにいくわよ。・・あんた、笑ってるの?」 本が言いました。
「うん。やさしい蛇さんで、良かったなって思って・・」

本が、くすくす笑いました。
「さあ、3本目が仕上げよ!ルルブ、気合入れていくわよ!」
「仕上げ?」

ルルブが首をかしげるので、本は慌てたようでした。

そう、3本目の銀の花が、ルルブの運命を握っているのでした。(そんな大げさな・・)






                                      
                                              後編