人魚姫




久しぶりに海岸へ遠乗りに出た日。

なぜか、私は隣国の王子を拾ってしまった。
嵐で船が難破して、海岸に打ちあげられたと言う。

驚いたのなんのって。

「あなたは命の恩人です」と感謝され、父王は、この幸運を逃すなと言った
王族の娘の結婚なんてこんなもの。




そして、両国で急ぐように話が進み・・船上での結婚式。
一度、難破して、命を失いかけたのに、また、船を使う。

この王子、度胸があるのか、のほほんと、鈍感なのか。

堅苦しい式がすめば、後は飲んで騒いで、宴を楽しむだけ。
主賓の花嫁が、ふいと席をはずしても、大丈夫のようだと思って、
風にあたりたくて、会場を離れて、甲板に出た。



そこに、あの子がいた。
両腕を、胸に抱きこむようにして、項垂れて、海を見ていた。





ずっと、気になっていた。

王子は、この少女のことを、妹のように思っているのだと言った。

口が、きけないのだと聞いた。記憶もないのだと聞いた。
うまく、歩く事もできず、ゆらゆらと動く様は、まるで、水の中をさまよっているよう・・。

うつくしい少女には違いないが、どこか人ではない妖しさを感じさせる。
細すぎるミルク色の手足。ゆらめくような長い髪は、うすい水色にみえる。
なにより、その眼。

深海のように暗い青。まるい形は光がなく、どこをみているのか、よくわからない。

・・・・・・魚の眼・・・・・?


ふと、視線に気がついたらしく、驚いたように振り向いた。
両手を胸に掻き抱くようにしている。 銀色に光るものが、ちらりと見えた。
なにか、隠し持っている。

「どうしたの?独りでこんなところに。もったいないわ。踊ってらっしゃ・・。」
言いかけて、・・・やめた。

踊るなんて、この足取りでは無理。酷い事を言った。
俯いて、顔を叛ける少女が、なぜか、とても哀しく思えて、また、話しかけた。

「王子様は、あなたを、とても大切に思ってらっしゃるのね」
少女の肩が、ぴくりと動いたように見えた。
「私も、あなたを大切な妹と思って・・・・・・あ、ちょっと!まって!」

そこまで言うと、逃げられた。
よろめきながら、走っていく。

ため息をつきながら、海を見下ろす。

あの子が見下ろしていたらしい波の下、何かが動いたように見えた。
「誰か・・いるの?」
我ながら、おかしなことを言う・・と思った。



宴の後、暗い海の、静かな波音だけが聞こえる。
眠れなくて、侍女たちを、起さないよう、甲板に出る。

キ・・・と、扉の開く音がした。・・・なに?
ふと、波音に混じって、かすかに聞こえる。引きずるような足音だった。

暗くて、影のようにしか見えないが、ゆらゆらした、あの足取りは、あの子だった。
昼間と同じ。細く銀色に光るものを抱いている。

こんどは、はっきりわかった。彼女が隠し持っているのは、細い短剣だった。


なぜ、短剣など。
あの扉の音は、もしや王子の部屋の扉?・・まさか。あの子は王子を!
気色ばみ、少女を追う。

すると、少女は、昼間と同じ場所から、波間を覗き込んでいた。
波間から・・海から声が聞こえた。


「コロシタノ?」

海からの声に、少女は首を振る

「ソノ剣で、王子ヲ、コロサナイト、アナタハ、アワニナッテシマウノヨ!」
少女の横顔が見える。哀しげな横顔が、おだやかに微笑んでいる。


「あっ!だめ!」
落ちた!・・・剣を抱いたまま、ふわりと落ちた。


叫び声も、体も、凍り付いてしまった。
落ちてくる少女を受け止めようとするように、白い腕が、海から何本も伸びていた。



その腕にも、海面にも、少女はとどかなかった。

やわらかく消えた体のなごりを抱き込むように

たくさんの白い手も、海に、消えた。





                            
                                  



          
私が想像する人魚姫は、音も光もない深海の世界に住む、静かなイメージです。
          静かで、ひたむきで、心やさしい、深い海の生き物。
          王子への思いは、陸の世界への、あこがれと共にあったのだと想像します。

          隣の国の姫、子供のころ読んだ絵本の挿絵の隣国の姫からのイメージです。
          敵役の立場のせいか、ちょっと、気の強そうな絵になっていたのですが、
          これがまた、綺麗で凛々しく見えました。

          定めを超えて、ひたむきに生きようとした海の姫と、
          国のため、民のため、定めを受け入れる事を潔しとする陸の姫。
          ふたりの姫に惹かれて書きました。