「ああしまった。ぼく、水筒れてきた。スケッチれてきた。
けれどかまわない。もうじき白鳥の
停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。
川の遠くを
んでいたって、ぼくはきっと見える」

 「この
地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ」 
銀河ステーションで、もらったんだ。もらわなかったの」
「ああ、ぼく
銀河ステーションを通ったろうか。」
銀河鉄道の夜より)

あの世と、この世を繋ぐ銀河鉄道に乗り、
同じ空間にいながらも、ジョバンニは生者であり、カンパネルラは逝者でした。


この後、しばらくして、カムパネルラは言います。
・・・・・・・・・・おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか・・・・・・・。

川に落ちた友達を助けたために命を落してしまったカムパネルラ

・・・・・・・・・ぼくわからない。けれども、だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばんなんだねえ。・・・・・・
・・・・・だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う・・・・・・


胸をうつ場面が、たくさんある中で、この場面が一番いつも心に響きます。

おかあさんだったら、何を犠牲にしても我が子の命をまもりたいでしょう。
おかあさんの心を思いながらも、人として、正しいと思うことをしたのだから、おかあさん、ごめんね。と。

そして、これは、林檎の少女(私は勝手にそう呼んでいる)の場面にも繋がるように思ってしまうのです。

何度読んでも、そのつどせつない。
何度読んでも、分りきれない。
永遠の物語のような気がします。